他の人が書かない洋楽レビュー

音楽雑誌を見ても自分の知りたい内容が載っていないので、自分で書いてみました。

クリス・レア | 名盤オン・ザ ・ビーチの魅力を徹底解説

On The Beach / Chris Rea  1986

クリス レアの代表的作品として知られる名盤

オン・ザ・ビーチ

音楽雑誌やネット記事でもクリス レアをマニアックに書いた記事はなかなか見当たらないので自身で書くことにした次第だ。

 

日本では知らない人も多いであろうクリス レアは英国のミュージシャンで、欧州全土で大きな人気を維持するベテラン。

我が国であまり知名度が高くないその理由はヨーロッパ色が強いからではないかと思う。

いうなればユーロ ロックか。

英国ロックとは違って日本人には聴き馴染みがないので慣れがいるのかもしれない。

とは言え、ユーロロックからはなれた聴きやすい曲もたくさんあるひとなので、

聴かず嫌いのひとも多いはずだ。

ブルージーなエッセンスを抽出したポップ、ロックを得意とする一方、ライト&メロウな楽曲も多く、AOR好きにもファンを持つ。

ヨーロッパな陰影に溢れた重いナンバーもあるし、海辺をおもわせるさわやかな曲もこのひとの持ち味だ。

 

ところでロックの中の欧州といえば、デヴィッド ボウイがベルリン三部作で ユーロ ロックを開拓した先駆となったが、英国ロックとしてのたたずまいをしっかりと同居させソリッドに仕上げたその手腕はだからこそ驚嘆に値する。

余談だけれどボウイ83年の大ヒット、Let’s Danceでは スティーヴィー レイ ヴァーンの太いブルーズギターがギラッと輝いているが、

クリス レア 85年のヒットアルバム 「Shamrock Diaries」では、明らかにそれを意識したと思しきサウンドのギターが聴ける。

Let’s Danceのギターは思う以上にシーンに深々と衝撃を与えたのだとわかる瞬間だ。

ベルリン3部作からブラックミュージックへ、ユーロから米国へ、この時期のボウイはどこまでも冴え渡っている。一過性のブームではなく、影響を生むに至るのが凡人との違いなのだ。

 

 

本作はクリス レアが1986年に発表したアルバムで英11位を記録し、プラチナムにもなった大ヒット作だ。

ほかにもヨーロッパ諸国でチャート上位に入り、オーストラリアやニュージーランドでもヒットするなどワールドワイドな成功をおさめた。

シングルとしてはOn The Beachが英57位、

It's All Goneが英69位、Hello Friend (re-recording)が英79位。

 

洗練されたサウンド、独り語りのような詩が余韻を残す映像的なアルバムである。

一曲目のオン ザ ビーチから二曲目のリトル ブロンド プレイツに至る中で黄昏が濃くなる色の変化、

追憶を感じさせるクリス レアのしゃがれた声のモノクロームな色彩。

AOR好きにおおいに好かれるアルバムだろう。

ロマンティシズムと哀愁が入り混じった10の短編小説である。

 

メロディに関しても、クリスがこれほど職人的なメロディを作ったのは前作Shamrock Diariesと本作くらいだ。

全曲メロディの良さが際立ち、独立した魅力を放っている。

 

これはバックを務めたマックス ミドルトンやロバート アーワイらバンドとしてのアレンジ力も当然加味されての産物である。

本作に参加のメンバーは以下。

  • Chris Rea– guitars, slideguitar, keyboards, piano,fretless bass
  • Max Middleton-piano,rhodes,synthesizers
  • Kevin Leach – keyboards
  • Robert Awhai – guitars
  • Eoghan O'Neill – bass
  • Dave Mattacks– drums
  • Adrian Rea – drums
  • Martin Ditcham-percussion

イギリスのBrayにあるAnderburr Recording Studiosでレコーディングされた。

聴いてみると実にグルーヴに溢れたアルバムであることがわかる。

たくさんの楽器が入っている本作だが、各パートを聴いていくと、各自が音符を詰め込まず隙間をあけた空間的な演奏になっていることに気づくだろう。タイム感を生かした玄人ならではの演奏だ。横揺れにも近いノリが感じられる。

ゆったりした曲が多い本作だが決してスローナンバーにならず、フロウするフィーリングを体感できるのはこうした要因からだ。

またパーカッションの多様やドラムスのビートの強調など、リズミックなアレンジも目立つ。

実はロック度も高い1枚でもあるのだ。

 

プロデュースを共に担当したデイヴ リチャーズとのコンビが前作シャムロック ダイアリーズで見せた洗練を更に押し進めた結果であり、クリス レアにとって頂点だったとおもえる時期である。

その後もヒットアルバムを連発し、全盛期に入るのであるが、多くのリスナーを自身の音楽性にいざなったのはなにより本盤のロマンティシズムにあったといえる。

大衆受けを狙っていないアルバムが世界的にヒットし、今日に至るまで売れ続けているのは稀と言えるだろう。

単純に曲がいいとかサウンドが優れているアルバムならほかにもいくらでもあるだろうが、本作の魅力は追憶のロマンティシズム、この情緒なのである。(実際歌詞も過去に想いを馳せるものが多いのが本作の特徴のひとつである。)

それを見事にあらわしたアルバムジャケットのぽつねんとした佇まいも含めてまちがいなくロック名盤に入れるべき作品だとおもうが、日本の音楽評論家たちの趣味には合わないのか音楽雑誌などでだれかがこのアルバムに言及しているのをわたしは見たことがない。

いつも通りのラインナップに以前読んだのと変わらぬ批評を目にするだけだ。彼らの文章は何年経ってもリマスターされないのだ。

 

さて本作の特徴として最たるものは、アルバムに香る地中海の潮風、海辺、まばゆい陽光、そこにおとずれる黄昏、とも言える風情だろう。

このあたりの異国情緒にロマンを感じ取ることができるひとにとっては本作のサウンドや空気感はたまらないにちがいない。

事実アルバム冒頭のOn The Beachはクリスがスペイン領イビサ諸島の南にあるフォルメンテーラ島を訪れた際のインスピレーションがもとになったとのことである。

ジャケットの写真もフォルメンテーラのビーチだし、本作のアイランド的雰囲気からしてこの作品はフォルメンテーラ島のポートレイトアルバムとしての側面もありそうだ。

 

アイランド的雰囲気と一言で言っても多様で、洗練されたそのサウンドはロック、R&B、ソウルやフュージョンクロスオーヴァーしたもの。

そこにブルージーな色彩が加わるという塩梅が前述のロマンティシズムの要素だろう。

Just Passing Throughに顕著だ。

このブルーズではない曲にブルーズっぽさをまぎれさせるというのがクリス レアの音楽的資質であり、最大の音楽的長所。

それは彼のスライドギターの音色やタイム感であり、また彼のビターヴォイスとその情感に満ちた歌唱によるところが大きい。

日本のロックファンは見過ごしているひとが多いようだが、クリス レアはすばらしく魅力的なロックシンガーなのである。

 

オン・ザ・ビーチ・リマスター

ここではオン・ザ・ビーチ2019リマスター盤の効果についてを述べる。

今回のクリス レア リマスタリングシリーズはいずれもNick Watson がFluid Mastering  にて手がけている。

音楽を大事にするひと、という印象が伝わるすばらしいリマスタリングだ。

プレーヤーにかけるとスピーカーからまず波の音が聴こえてくる。この瞬間に音がブラッシュアップされているのがわかる。

そしてギターリフ、キーボードが重なり、ドラムスがアクセントをつけ、黄昏が見えてくる。

音が全方向に広がっていく体感はリマスターならでは。

旧盤CDの音も悪くはないけれど、こじんまりと鳴っている。

一方で今回のリマスターで強く感じたのはこの奥行きとサラウンド感の素晴らしさ。

全体的な音質はやわらかくもハリがあり、音圧もしっかりしていて、ふくよかな音になっている。

リマスターであることがわかりやすい音だが、シャキシャキした高音ではなく、アナログライクな音だ。

音量、音圧も適正で充実している。

 

 

一曲目のオン ザ ビーチからデイヴ マタックスのタイトなビートがズシッと響き、旧盤とはベースドラム、フロアドラムの重量がまったくちがう。

クラッシュシンバルも残響が美しく、ハイハットの音も一音一音の粒立ちがみずみずしく輝いている、タムのハリも臨場感抜群。

本作オン ザ ビーチはデイヴ マタックスのステディなロックビートが全編で存在感を示しており、まさにバンドのボトムだったことがよくわかる。

次作ダンシング ウィズ ストレンジャーズからドラムスはマーティン ディッチャムがプレイすることになる。

マタックスよりもうすこしやわらかなディッチャムのドラミングもすばらしいのだが、マタックスのタイトなロックドラムをバックにしたサウンドをもっと聴きたかったというおもいも抱かせてくれる。

 

本作はパーカッション サウンドの魅力もあげてよいだろう。

このパーカッションがアルバム全体をどれだけ魅力的なものにしていたかに気付かされる。

リズムの強調、色付けなど、リマスターでその真価が明瞭になっているのだ。

名盤と言われるアルバムこそ、こうしたリズムの補完が充実しているようにおもう。

 

名曲Just Passing Throughにおける空間的な奥行きの再現と陰影。

Two Roadsでの突き抜けるような青空が広がるサウンド

It's All Goneでのロックとフュージョンのグルーヴ。

Lucky Dayでのトロピカルな暖かさ。

 

聴き慣れた耳にも新たな感動が訪れるだろう。

 

ロバート アーワイのギターワークやマックス ミドルトンとケヴィン リーチのキーボードパートの分け合い。

そしてエオガン オニールがなんとメロディックなベースを弾いていたことか!!これはリマスター盤を聴いて気づいたことだった。

クリスのスライドギターもたゆたうようにたなびいている。

音質がちがうとアルバムの表情がまったく異なる。

質の低いリマスターも世に出る中で、こうした良質のリマスターは貴重であり、音楽ファンを大事にしているその姿勢と仕事ぶりに敬意を表したい。

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最後にクリス レアの失われたオン ザ ビーチといえるアルバムについて紹介したい。

2019年にリリースのオン ザ ビーチ デラックスエディションは2枚組なのだが、1枚目がオリジナルアルバムのリマスターであるのに対し、2枚目はオン ザ ビーチ セッションズといえる内容になっている。

 

オン ザ ビーチと同時期にレコーディングされたシングルB面曲やミニアルバムに収録されていた曲、数曲のライヴヴァージョンなどを収めたもので構成されているのだ。

単純に同時期の音源を集めたレア曲集ではなく、オリジナルアルバム感のあるまとめかた。

まちがいなくクリス レアからのもう1枚のON THE BEACH.

聴いたひとはその明快な意図を感じ取れるだろう。

1曲目から2曲目にさわやかで陽光を感じるメロディアスな曲を並べ、3曲目にほのかな哀愁がにじむHello Friendのヴァージョン違いをはさみ、そこからOn The Beachのヴァージョン違いが続く。

そのあとにリズミカルなIf Anybody Asks Youを置き、草原のそよかぜのようなFreewayにつながる。

 

旧盤CDに収録されていたFreeway, Bless Them All,Crack That Mouldの3曲はもともとオリジナルアルバムには入っていなかったものだが、今回のリマスターでCD2にまとめられている。

それによってCD1は本来のオリジナルアルバムの形に戻っている。これも今回よかった点だ。

その3曲が上記の順でならび、On The Beachのエクスパンデッド ヴァージョンにつながる。

ちなみにここにこのエクスパンデッドを置いたのも理由がくみとれる。

つぎの2曲It’s All Gone、Steel Riverがライヴ音源なので、On The Beachをはさまないとアルバムとしての流れが分断されてしまう。ただのレア曲集なら問題ないが、このCD2はトータルなアルバム感を狙っているので、このあたりの曲順に明確な意図がある。

つまりいったんOn The Beachでアルバムとしての流れを完結させておき、ライヴテイクはアンコール的な位置づけとして置いているのだろう。

ただしその2曲も過ぎ去ったものへの惜別の歌であり、On The Beachのテーマと共通する点があるのでこの流れでの収録にも流れはつづいている。

その後It’s All goneのシングルエディットでスタジオアルバム感に戻し、最後にDriving Home For Christmasのオリジナルヴァージョンで おわる。

特定の季節感がでるクリスマスソングを入れることで、それまでの色彩に違和感がでてしまうのが唯一惜しいが、その違和感を最小限にするために最後に持ってきたのだろう。

加えてアルバムのあたまにあたたかなLook Out For Meがあるので、最後にハートウォームなDriving Home For Christmas があるのもアルバムとしてのトータル性につながっている。

 

 

既発の曲ばかりで構成されているとはいえ、いまでは手に入れにくい曲がほとんど。

それを丁寧にリマスターし、アルバムとしてまとめられたこのCD2 はすばらしいギフトだ。

 

On The Beachを愛聴しているひとにとって失われたマスターピースともいえるもう1枚の名盤だ。

 

 
 

Chris Rea/On The Beach (Dled) HMV