他の人が書かない洋楽レビュー

音楽雑誌を見ても自分の知りたい内容が載っていないので、自分で書いてみました。

クリス・レア | シャムロック・ダイアリーズ アルバムガイド

シャムロック・ダイアリーズ / クリス・レア 1985

Chris Rea 1985年のヒット作「Shamrock Diaries」の2019リマスターが2枚組でのリイシューだ。

CD1がオリジナルアルバムのリマスター、
CD2が同時期に出されたシングルB面曲やライヴテイクなどを集めたレアトラックアルバムになっている。

英国ロックの名盤シャムロック ダイアリーズ

本作は彼が人生の岐路を振り返ったアルバムであり、おそらく彼の作品中もっとも英国ロック然としたサウンド、また内省的な作品ではないかとおもう。
霞がかったような淡いサウンドがアルバムのテーマである郷愁を音像化している、内省的でとても叙情味に溢れた1枚だ。


1985年リリース 英15位、その他ヨーロッパ諸国でもヒットを記録。
シングルも好反応を示し、クリスとリスナーの絆がつよくなってきたことがわかる。

同年 Dire Straitsの「Brother’s In Arms」が大成功したように、地味でもいい音楽であれば聴衆に受けるように音楽ファンの好みが変化した。
MTVのビデオクリップの効果も大だったが、
Dire Straitsはアイドル的な容姿を売りにするバンドではなかったし、クリスも音楽性で勝負してきたひとだ。
前々作「Water Sign」がデビュー作以来のヒットを記録し、つづく「Wired To The Moon」も好調を維持。
地道な活動を積み英国でも明確な成果を出したのが本作だった。

「Shamrock Diaries」で描かれた郷愁が、次作 「On The Beach」では追憶というかたちで継がれるので、アルバムとしての連続性がはっきりとあらわれている時期。
洗練されたコードやアレンジのなかに、ふっとブルージーな薫りが立ちこめ、風にながされるように消えていく。
昔ながらの喫茶店に入ったときのなつかしさとコーヒーを飲み終わって店をでるときのような一抹のさみしさがある。
クリスの声はまさにこうしたほろ苦さの表現にふさわしいウィスキーヴォイスだった。
このアルバムがヨーロッパ諸国でヒットしたのも納得できる。


ノスタルジーにひたる曲ばかりではなくStainsby Girlsのようなロックンロール曲もふくまれているのが本盤の魅力。
ストーンズのブラウン シュガー ライクな1曲で、ライヴにおけるレパートリーでもある。
シングルとして英26位を記録した。
ちなみにクリスの奥さん、ジョアンはステインズビースクールに通っていた正真正銘のステインズビーガールとのこと。

いまやフロア クラシックとしても知られる
名曲Josephineも収録されているが、
これは彼にとって初めてのこどもである娘
に贈った歌だ。
このリマスター2枚組ではアルバムヴァージョンとシングルヴァージョンの2つが聴ける。
この曲にはほかにもヴァージョン違いが生まれたが、その背景はどうやらレコード会社がこの曲でヒットを狙ったことに基づくようだ。



優れたイントロに溢れた完成度の高い1枚

イントロにすべてを注ぎ込め。
これはThe Kinksのマネージャーだった
ラリー ペイジの音楽哲学だが、
本作「Shamrock Diaries」は各曲のイントロが優れているのも特徴にあげていいだろう。
なかでもChisel Hillのイントロは曲想にぴったりの名イントロ。
こども時代や若き日々の想い出をひとつずつ大事に手に取り、みつめるようなノスタルジーに溢れている。


クリス レアが個性を確立させた人気盤

Steel River, Stainsby Girls, Josephine,などの代表的な楽曲が収められ、
One Golden Rule, All Summer LongやLove Turn To Liesなど、このひとならではの哀愁を感じる曲など楽曲の良さが光る。
Stone, Love Turns To Lies, Hired Gun などではそれまでになくダークな雰囲気があり、
クリスのブルーズフィーリングがうまく昇華されている。
どの曲でも情感のこもったヴォーカルとギターを披露しているのもパーソナルなアルバムゆえの質感で、これもこのアルバムの特徴だ。

また本作におけるサウンドはキーボードが主体でことさらにギターを強調していない。
そのなかでスライドギターやリズムギターを適材適所でうまく使っている。
このあたりはデイヴ リチャーズのプロデュースによる部分も大きいとおもう。


バック陣の演奏も堅実。
Max MiddletonとKevin Leachがキーボード、
Eoghan O’Neill がベースギター、
Dave Mattacksがドラムス。
80年代のクリスのアルバムでよく見かける顔ぶれ。
セッションを通じて互いのコンビネーションも向上したことがこのアルバムにはよくでている。
シブいのにリッチな演奏だ。


ジャケットの地味さが いかにも英国ロックという趣きだが、歌の内容を下手に視覚化しなかったところに逆にセンスを感じる。
はじめてクリス レアを聴くひとにもすすめたい名盤だ。


シャムロックのかくし味

本アルバムにおいて注目すべきはブラックミュージックへの接近だ。
それも黒人ミュージシャンからの直接的影響ではなく、白人経由での影響を受けている点がおもしろい。

名盤オン ザ ビーチ徹底解説の記事でも書いたが、
getmeback.hatenablog.jp

本作のAll Summer LongのギターソロにはDavid BowieのChina Girl (1983年)におけるスティーヴィ レイ ヴァーンのギターソロ(最初のギターソロ)を意識したところがある。
ソロへの入り方や展開、ギターサウンドなどよく似ている。

ブルーズではないナンバーにブルーズギターを入れるというデヴィッド ボウイの手法はクリスにとっても衝撃だったのだろう。
まだ成功する前のレイ ヴァーンを起用した点もリスナーを大いに驚かせたに違いない。

80年に映画ブルース ブラザーズでブルーズやソウルなど黒人音楽が再発見され、
83年はボウイの「Let’s Dance」などによってブルーズがクールな音楽として更に上昇したということになる。
実際 Huey Lewis&The Newsの「Sports」が大ヒットするのもこの83年。実際にチャート1位になるのは84年だが。
こちらもブルーズやソウルミュージックに80年代メイクを施しての作品だった。
実はこっそりクリスもこうした流れにのっていたのだった。
マックス ミドルトンが弾くSteel Riverのエンディング部分なんてジャクソン5みたいだし、本作のコーラスはどれもゴスペルっぽい。
Josephineに関してはクリスがStuffに影響を受けた作品だ。
Shamrock Diaries やHired Gun のファンキーな演奏
にもStuffなど黒人音楽に精通する白人ミュージシャンからの影響がみられる。

ところでクリス レアを話題にするとき、よく引き合いに出されるミュージシャンがいる。
マーク ノップラー そして
ブルース スプリングスティーンの2人がそうだが、本作に収録のHired Gunにはこの両者からの影響が同時に出ており、興味を引くところだ。

そもそもこの曲のサウンド自体が
Dire StraitsのGoing Home (1983年)のサウンドから影響を受けている。
そして間奏部は、Going Honeの2分30秒からのサウンド、展開をかなり参考にしていることがよくわかる。


またブルース スプリングスティーン78年の
アルバム「Darkness On The Eddge Of Town 」収録の表題曲に流れる陰影、
および収録曲 Streets Of Fireに通ずる静から動への爆発といった演奏面における影響もHired Gunには認められる。

さらに1984年にはスプリングスティーン
大ヒット「 Born In The U.S.A」がリリースされているが、このアルバムの最後の曲がMy Hometown という自伝的な楽曲であった。
このあたりに影響を受け、自伝的内容のシャムロック ダイアリーズのインスピレーションにつながった可能性も考えられる。
Chisel Hill はMy Hometown のクリス版だ。

China GirlもGoing HomeもBORN IN THE USAも83年〜84年にリリースされているという点で一致している。
シャムロック ダイアリーズはこうした83〜84年の影響をうまく抽出しながら、白人によるブラックミュージックの要素をちりばめたアルバムだ。
それを英国ロックのヴェールで隠しているところが
本作の独立した魅力だろう。


シャムロック・ダイアリーズ・リマスター / クリス・レア

ここではクリス レアのアルバム「シャムロック ダイアリーズ」2枚組デラックスエディションのCD2をレビュー。後半はリマスターの音質などにもふれる。

ちなみにCD1がオリジナルアルバムのリマスター。

CD2が同時期に出されたシングルB面曲やライヴテイクなどを集めたレアトラックアルバムになっている。


CD2 アナザー サイド オブ クリス レア
名曲September Blue 収録

1〜8曲目までがシングルB面やミックス違いの楽曲、シングルヴァージョン、アルバム未収録曲など。
9〜13曲目がライヴテイクとなっている。
曲順も吟味され、このリマスターシリーズのCD2は本当に内容が良い。

1〜8曲目まではバラエティに富んだ
ポップな曲が多く、本編とはちがった色合いが楽しめる。
どの曲も完成度が高く、メロディアスで、
アナザー サイド オブ クリス レアとも呼ぶにふさわしい1枚に仕上がっている。
こうした楽曲をアルバム本編に収録しないところに音楽性を武器に戦ってきたこのひとの矜持をみる。

特に6曲目のSeptember Blueはクリス レアのAORチューン史上 屈指のナンバー。
そよかぜを感じるような爽快で最高にメロディアスな1曲だ。
なぜこれをシングルA面で出さなかったのか?
フロア クラシックになっていてもおかしくない曲におもえるすばらしい出来である。
未聴のひとはぜひ聴いてみてほしい。
のちのアルバム「Dancing With Strangers」に同名曲が収録されているが、別曲なので注意。

September Blue 試聴



Josephineのシングルヴァージョンが聴けるのもファンにはうれしいところだが、なんといってもそのB面Everytime It Rainsも収録されており、これがまた逸品となっている。

ストレートなエイトビート、ギターのコードカッティング、艶っぽいストラトのリード、
ナイトシーンをおもわせる都会的なピアノなどヨーロピアンな雰囲気溢れるソリッドなダンスナンバーだ。
I Can Hear Your Heartbeatとならぶクリスの
フロアチューンとして注目したい。

Every time It Rains 試聴

それにしてもこの曲がリリースされたのが1985年、同年にはThe Smithsの「Meat Is Murder」が発表されている。
このアルバムにはBarbarism Begins At Homeというダンサブルな曲が収録されているが、
共通項を見いだしにくい両者のダンスビート曲にどこか通じるものを感じるのだ。

のちにマッドチェスタームーヴメントが巻き起こり、ストーンローゼズらの台頭によってロックのなかのダンスという概念が輪郭化する。

どんなブームでも急に表面化するわけではなく、すこしずつすこしずつ育まれたものが機が熟したときに爆発し、その余韻が世間に吸収されおわるまでつづくということなのだろう。
さきにあげた2曲のダンスナンバーにはマッドチェスタームーヴメントの確かな萌芽がある。


86年の名演 ハマースミスオデオン

このCD2には3曲のライヴテイクが収録されている。
うち1曲は未発表だった86年 モントルーでの
Shamrock Diaries。
そして残り2曲が86年 ハマースミスオデオンでのライヴ。BBCでの放送音源としてレコーディングされたものだ。
その中からOne Golden Rule と Midnight Blueが聴ける。

このハマースミスオデオンでの演奏は
絶頂期のクリス レアをとらえた大名演。
ぜひこの音質で完全版をリリースしてほしいものだ。
Midnight Blueは前々作 Water Sigh収録曲だが、One Golden Ruleとは質感が共通していることからの収録だろう。

この2曲はオリジナルレコーディングを凌駕するすばらしい演奏なのだ。
特にMidnight Blueの3:55からのクリスが弾く夜空につきぬけるようなスライドギターの迫力がすさまじい。
そしてその心情に沿うようなデイヴ マタックスの力感に満ちたドラミングが呼応し、熱を帯びたバンドがぐんぐん上昇していく。
ここでの主役はまちがいなくデイヴ マタックスのドラミングだ。
そして静寂。
沸き起こる歓声。

このすばらしきミュージシャンシップに音楽的感動を覚えないひとはいないだろう。


この時期のクリスの作品ではマックス ミドルトンの参加とその貢献が語られることは多い。だが、そのバックでドラムスをたたいているのはデイヴ マタックスなのだ。
わたしにはかれのシンプルで重厚な、そしてタイトなドラミングのサウンド、タイム感こそがこの時期のクリス レア バンドのハイライトだとおもえる。
デイヴ マタックスでなければShamrock Diaries も On The Beachも グルーヴのないアルバムになってしまっただろう。
名盤にはすばらしいドラミングが必要なのだ。



リマスターされたシャムロック ダイアリーズ

リマスターはエンジニアNick WatsonがFluid Mastering にて行っている。
ここでも丁寧で申し分ない仕上がりを聴かせてくれる。
旧盤と聴きくらべてみた。
旧盤といっても何種類かある。
輸入盤、国内盤、SHM国内盤など。
今回 くらべたのは輸入盤の旧盤だ。


音圧に関して

やわらかく、しっかりとした音圧に改善されている。
旧盤の音圧が極端に弱かったわけではないが、
くらべると全然ちがう。
音圧向上によりベースギター、ドラムスが重厚になり、繊細な情感は残しながら迫力が増している。
Stoneなどミディアムテンポのロックチューンが多い本作だけに、リマスター効果がわかりやすい。
地味な曲だがこんなにズッシリとしたかっこいい曲だったかと印象がかわるひとも多いだろう。


音質に関して

もとが淡いサウンドなので、リマスターによってあまりくっきりとシャープなものにしてしまうと魅力が損なわれてしまう。
本作リマスターでは、そんな淡いサウンドはつぶさずに音像をうまくブラッシュアップしている。エンジニアの音楽への愛を感じる仕事ぶりだ。

各楽器の分離もよくなり、バンド感がつよくなった。
なによりクリスのヴォーカルが旧盤よりも輪郭が明瞭だ。
最終曲Hired Gunのファーストヴァースにおける低音ヴォーカルが旧盤ではやや埋もれていたが、ここではよりはっきりと聴くことができる。
音像のサラウンドも奥行き、広がりが改善され、深い音も再現できている。

リマスターによってこうした生々しいヴォーカル、演奏のダイナミズムが再現され、本作が持っていた本来のロックアルバムとしての要素が
わかりやすく提示されることになった。

あらためてクリス レアが繊細でワイルドなロックシンガーであること、バンドがいかに迫力ある演奏をしていたかに気づかされ、新たな発見を楽しめると思う。

リマスターされたシャムロック ダイアリーズは瑞々しさを失わない叙情溢れるロックアルバムだ。


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Chris Rea/Shamrock Diaries (Dled)