他の人が書かない洋楽レビュー

音楽雑誌を見ても自分の知りたい内容が載っていないので、自分で書いてみました。

ジョン・レノン | 「心の壁、愛の橋」を鋼のように、ガラスの如く解説。

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心の壁、愛の橋は1974年9月に発表されたジョン レノンにとって二作目の全米1位アルバム。

このブログではアルバムの内容、ジョンのヴォーカル、そしてジョンの演奏面に関してを中心にみていこうとおもう。

 

曲目
01. Going Down On Love
02. Whatever Gets You Thru The Night
  エルトン ジョン参加
03. Old Dirt Road 
  ハリー ニルソン参加
04. What You Got
05. Bless You
06. Scared
07. #9 Dream
08. Surprise Surprise (Sweet Bird Of Paradox) エルトン ジョン参加
09. Steel And Glass
10. Beef Jerky
11. Nobody Loves You (When You're Down And Out)
12. Ya Ya

シングルとなったWhatever Gets You Through The Nightも米1位、#9Dreamは米9位になるなど、アルバム、シングルともヒットを記録。
72年、73年とセールスがおもうようにならなかった時期を脱却し、盛り返した格好。
 
バックを務めたのは以下のメンバー。
 
ドラムス ジム ケルトナー
 
ギター ジェシ エド デイヴィス
 
アコースティックギター エディ モトウ
 
ベース クラウス フォアマン
 
ピアノ ニッキー ホプキンス
 
エレクトリックピアノ ケン アッシャー
 
パーカッション アーサー ジェンキンス
 
ホーン ボビー キーズ スティーヴ マダイオ
    ハワード ジョンソン ロン アプレア
    フランク ヴィカリ
 
ジョン自身はエレクトリックギターやアコースティックギター、ピアノを弾いている。
プロデュースとアレンジはレノンとバンドメンバーである。
 
なおエンジニアはシェリー ヨークス、
オーヴァーダブエンジニアはジミー アイオヴォーン。
 
 
 
 
ジョンのファンキーなロックアルバム
 
73年の「MindGames」、そして本作の二作はどちらもジョンのセルフプロデュース、そしてレノン従来のサウンドから離れた点で共通している。
 
前者は洗練されたサウンドを聴かせ手堅いヒットを記録した。
ただ本人が目論んだほど大きなヒットまでには至らなかったのも事実。シングルもスマッシュヒットにとどまった。
 
そこで本作はシンプルなロックバンドとしての演奏に回帰し、その上に大々的なホーン、そしてパーカッションをフィーチャーする手法を採用。
レノンのそれまでにないファンキーかつキャッチーな印象を演出している。
このあたりはディスコからの影響もあるのだろうが、なによりブラックミュージックへの接近と取れる。
 
収録された曲の多くはR&B的なものであり、
そこにソウルミュージック的なアレンジやロックンロールのエッセンスが混じったもの。
以前のジョンのソロにはこうしたミクスチャーは見られず、もっとストレートな音楽性を出していた。
音楽マニアであったジョンの興味がこの時期ブラックミュージックに傾倒し、それがこうしたミックスにつながったとおもわれる。
よく知られたエピソードとしてWhatever Gets You Through The Nightの元ネタがGeorge McCraeのRock Your Babyであるというものがあるが、ここからも当時のレノンの趣味が伺える。
このRock Your Babyから得たソウルミュージックのインスピレーションが「Walls&Bridges」全体に充満しているのだ。
 

 

 
 
ScaredやSteel&Glassのような重々しいナンバーも以前よりソウルやR&Bの色が濃かったり、ストレートなロックビートよりグルーヴを感じさせるノリであったりと、ジョンのソロ作のなかで実はもっともブラックミュージックの趣き、特にソウルやR&Bの色が強いアルバムなのである。
ジェシ エド デイヴィスが弾くギターのリックやホーン隊がプレイするフレーズ、パーカッションも実にファンキーでブラックミュージックテイストを感じる仕上がり。
 
 
その反面、本作はよく装飾過多である、と言われていた。
たしかにそう取れる面もある。
しかしながらジョンがたまにやる音を詰め込みまくった混沌としたトラックは本作ではWhatever Gets You Through The Nightのみ。
またベースとなるバックトラックは至ってシンプルで、その上に乗せたホーンやパーカッションが目立つ。
 
 
本作におけるホーンやパーカッションはたしかに派手ではある。ただしこれが本作のブラックミュージック的側面を強調する大事な要素であることは見逃せない。
 
また一部流麗なオーケストレーションも入っているが、これも楽曲に沿ったものなので違和感はない。
「Sometime In NY City」ではいかにもアンダーグラウンドミュージック的側面を強める風情のオーケストレーションだったことを考えると、実にポップかつスタンダードな使い方で、これも作品のクオリティを上げることに一役買っている。
 
こうした派手な面に対してクラウス フォアマンのベースは朴訥なプレイだがいい対比になっている。
 
 
ニッキー ホプキンスはピアノ、ケン アッシャーはエレクトリックピアノと役割がはっきり分かれているのでサウンドカラーのヴァリエーションが多い。
本作が色彩感覚が豊かなアルバムとなった最大要因はキーボード隊によるものだ。
 
ユルく叩いたりタイトに叩き込んだりと緩急をつけながらのドラミングは馴染みのジム ケルトナー。
その上にアーサー ジェンキンスがパーカッションを乗せてアクセントをつける。
ビートルズ期では「Rubber Soul」でパーカッションを前面に押し出していたことを想起するが、あのアルバムも黒っぽい作品集であった。
本作はパーカッションに着目して聴いてみてもおもしろい。
 
 
ほぼ全曲で全面に出ているエディ モトウのアコースティックギターがとてもいい感じに鳴っている。
ビートルズのときもアルバムの多くでアコースティックギターが鳴っていたが、ソロになってからはここまで全面的に使用していなかった。
 
 
ロックにポップでファンキーなR&Bを混ぜたという点で、そのクリエイティヴィティはジョンのソロ最高傑作であると感じる。
レノンにとってのブラックロックアルバムとも言える作品だ。
 
 
制作の背景とヒット要因
 
制作された時期はファンにはよく知られる失われた週末と呼ばれる期間。
時系列で主だったところを見てみると下のようになっている。
 
74年3〜5月 ニルソン「Pussy Cats」のプロデュース
73年 ミック ジャガーToo Many Cooksのプロデュース
74年6〜8月 「Walls&Bridges 」の制作
74年8月  エルトン ジョンのシングルLucy In The Sky With DiamondsとOne Dayに参加
74年10月 「Rock'N'Roll」の制作を再開
74年11月 エルトン ジョンのマディソンスクエアガーデンでのライヴに飛び入り
 
失われた週末とはヨーコと別居し、そのさみしさに自暴自棄になり荒れていた時期をジョンが同名の映画からとった呼称とされている。
よって本作には失った愛やそれによる孤独が多く歌われているが、こうした質感はボブ ディランの「Blood On The Trucks」にも通じるものがある。
 
では痛切なアルバムなのかというと、これがどこか吹っ切れたような快活さを持つアルバムに仕上がっているのだ。
ジョンのソロ作でもっとも明るい空気、開放感を感じるアルバムである。
 
ヨーコがいない寂しさはあっただろうが、上に見られるように本作のレコーディングやニルソンのプロデュース、次作「Rock’N’Roll」の制作などソロになってからのジョンがミュージシャンとしてもっともいそがしくしていた時期。
なんだかんだ仲間たちと楽しくやっていたのだろう。
その空気がアルバムに出た結果だとおもわれる。
決して悲しみに沈澱していくアルバムではない。
明るさとロックンロールフィーリングが広がるアルバムだ。
それまでのジョンのアルバムにこうした明るさはなかっただけにファンは待望だったろう。
次作「Rock’N’Roll」も同じく明るいアルバムでそのあとに出るベスト盤「Shaved Fish」もポップな纏め方をしている。
74〜75年のジョンはアルバム制作の際、かなり明るさを意識していたことがわかる。
 
 
アルバムがヒットした要因はほかにもあり、それは人気絶頂期のエルトン ジョンの参加だ。2曲だけだが、印象に残る客演であり、この参加がヒットに寄与したものは大きいだろう。
 
もうひとつはジョンが素声に近い声で歌っている部分が多いことである。
ソロになってからのジョンはヨーコの発声に強い影響を認めるヴォーカルに変化したが、本作制作中はヨーコと別居中でスタジオにヨーコがいないことが影響したのかもしれない。
ヨーコ的な唱法と言えそうな語尾の母音を強調してヴィブラートをかけながら伸ばす箇所も数曲で聴かれるものの、ヴォーカルにそれまでよりも瑞々しい響きがあるのも「Walls&Bridges」の大きな魅力だ。
 
 
 
ジョンの真のソロアルバム
 
それまでのジョンのソロアルバムにはすべてにヨーコが関わっていた、もしくはヨーコの存在が感じられるものであったが、本作では別居によってヨーコが関わっていない。
ヨーコの存在がまったく見られない(感じられない)純然たるジョン レノンのソロアルバムというのは実は本作が初なのである
当時ジョンとヨーコが別居中だったことを知っていたファンがどれほどいたかはわかりかねるところだが、アルバムを聴けば明らかに違いがわかる。
 
ジョン単体のアルバムであることがわかるのである。歌詞から推測できる部分もあるとは言え、これは実に不思議なことだ。
多くのファンもこうした質感を感じとったのではないかと思わずにいられない。
ようやくジョンのソロアルバムを受け取った気分になる。
 
 
 
 
 
ニューヨーク制作のロスアンジェルス紀行
 
本作の制作はニューヨークで行われたものである。
そしてこれは個人的感覚によるものなのだけれど、わたしには本作のサウンドはニューヨークの音というよりロスアンジェルスの香りが感じられるものであり、その風情も魅力におもう。
失われた週末は73年「Mind Games」制作後にジョンがヨーコと別居し、ロスに移ってから始まったとされるが、本作収録の楽曲の多くはこのロス滞在中の空気感をパックしたようにもおもえるのである。
ロスアンジェルスの夜の喧騒、とでも言い表せそうなWhatever Gets You Through The Night、
荒んだロスのシルエットSteel&Glass、
西海岸のアーバンな夜を感じるBless Youなどに強くそうした空気を感じる。
 
一方#9Dreamにおけるアバワカワポセポセのリフレイン部分にはニューヨークのストリートの色彩をみるのだが、本作におけるこうした街の情感や色が感じられるのはジョンのサウンドには珍しい。
ファーストソロアルバムからジョンのサウンドは一貫して心象風景を描いた室内感覚が強いものだった。外の風景を想起するサウンドは少なかったのだ。
このあたりの変化も本作の開放感につながっていると取れる。
 
 
 
ジョンのヴォーカルと演奏
 
先述のとおり大部分でそれまでより素声に近いヴォーカルを聴かせている。
 
特にGoing Down On Loveはリハーサルのヴォーカルかとおもうほど気負いのない等身大の声。
中間部分ではシャウトも聴ける。
ブリッジでは自身のコーラスを重ねているが艶のあるファルセットだ。
エンディングのリフに入る直前、しゃっくりのような一声を入れているが、このアルバムにはこうしたロックンロールシャウト、ロッキンスキャットがよく聴かれる。
ジョンがノッているのがこういうところからわかる。
 
演奏面ではジョンはエレクトリックギターでリズムを弾いている。ヴォーカルをなぞるリックやテーマとなるリフもジョンが弾いているようだ。
ジョンが本セッションで弾いているのはテレキャスターか?
音からするとのちのエルトンのライヴに飛び入りした際に弾いていたギターではないかと勘ぐっている。
 
ジェシ エドは地味なプレイだが、コード主体にパートを分け合っている。
フェイドアウト直前に出てくるリードは彼だろう。
歩き出したとおもったら立ち止まるようなベースはクラウス フォアマン。
最後のほうですこしトチっている。
 
 
Old Dirt Roadはいかにも74年のジョンの声だ。すこし口をすぼめたような歌唱。いかにもソロ期のジョン レノンのヴォーカルだ。
ただMenlove Avenue収録のアウトテイクではアビーロードのときのような声で歌っている。ビートル ジョンの面影をみせる声だ。
本ヴォーカルを入れる際に意図的に声を変えて歌ったということがわかる。
ジョンはニッキー ホプキンスとピアノを演奏。ほとんどホプキンスのピアノが前面に聴こえるが、時折聴こえるコード弾きがジョンか。
ハリー ニルソンがハーモニーを歌っているが目立っていない。
 
 
本作は強いシャウトが聴ける箇所があるの
も特徴だが、
中でもファンキーなロックンロール What You Gotでは焼けただれたような声でヤケクソシャウトを聴かせている。
おもわずカート コバーンを想起する。
ただ発声はビートルズのころとは変わっているので趣きは異なる。
少々高めの声でのシャウトで、コーラス部は細く枯れた声。
ところどころで発するオールドスタイルなロックンロールシャウトが面目躍如と言える似合い振り。
 
ジョンはジェシ エドとふたりでギターリフを弾いているようだ。
ところどころコードプレイも聴かれるがこれもふたりで弾いているのだろう。
 
 
本作はR&B的な要素が強いアルバムだけにジョンのソウルフルな歌唱がよりはっきりしている。
それがわかるのがBless Youである。
やや不安定なヴォーカルで音を外している部分もあるが、スモーキー ロビンソンやロナルド アイズリーらのスムースなヴォーカルを狙ったようにおもえる。
ソロになってからのジョンのバラッドはどれもソウルミュージックにあたるものだが、そこで聴かせてきたヴォーカルも実にソウルフルなものだった。
その総まとめとなったのがこのBless Youであり、ジョンのソロキャリアにおいて意味のある1曲である。
それにしてもIn My Lifeを歌ったひととは別人のような歌い方である。
 
シビアに聴くとジョン自身はこの曲をどう歌うかがはっきり掴み切れておらず、歌いあぐねている感も覚える。
母音をアクの強いビブラートで伸ばす歌唱や後半のふざけたようなスキャットに不自然さがあり、ほかに手立てがなかったことを示してしまっている。
そしてジョンのこの唱法はスローな曲では特に目立ってしまう。
 
これはミックスによってよりそう感じるところもある。
ヴォーカルのミックスがトラックに対し、すこし大きめであるから粗が目立ってしまうのだ。
ミックスを変えたベスト盤Gimme Some Truth収録ヴァージョンだとヴォーカルのミックスが調整され、以前よりトラックに馴染んでいる。ヴォーカルの粗を目立たなくするためにもこれはいい判断だ。
 
 
こうしたヴィブラート唱法、またBless You〜の部分のように歌い出しをゆっくり押し出す歌唱は74年に特徴的なものとしてあらわれ、
次作Rock’N’Rollでも継がれている。
 
 
ともあれ隠れた名曲な位置にあるファンには馴染みの作品。
ミドルエイトのファルセットや歌い回しはいかにもソロ期のジョン レノンだ。
ミック ジャガーがこの曲を改作してMiss Youをつくった、とはジョンの弁だが、この曲を選ぶとはさすがの嗅覚。
Strawberry Fields Foreverで使用されたメロトロンが再登板しているのも注目点。
ミドルエイトで局所的に使用している。
リマスター盤だとよりわかりやすい。
 
ジョンはエディ モトウとアコースティックギターでコードストロークを弾いている。
ラストのアルペジオはエディだろう。
そのバックでジョンのギターが聴こえる。
間奏のミッドナイトホーンにビターな薫りがたなびく。
マッカートニーのBluebirdとの共通項も指摘される1曲。
なおリアム ギャラガーがクールなカヴァーを発表している。レノン唱法を排除したやや辛口のヴォーカル、バックトラックやリズムにも工夫がみられる優れたカヴァーと言える。
 
 
Surprise,Surprise(Sweet Bird Of Paradox )モータウンの線を狙ったかのような1曲だ。
ここでのジョンの声もビートルズのころとは別人。その面影の無さに驚かされる。
Bless Youの声ともすこし違っている。
ソロ期においても70〜73年の声とは違っている。
キャリアを振り返るとジョン レノンは短い期間でめくるめくように声が変わったひとであった。
(歌い方、発声が変わったと言うほうが正しい)
甲高い声で、黒人シンガーを意識したようなアクの強いソウルフルなヴォーカルだ。
ヴァースではシャウト気味のヴォーカルも聴ける。
ミドルエイトではソロ期に特徴的な強烈な訛りも聴かれる。
ミドルのコード進行は凝っており、メロディのまとまりも良く、楽曲としてはソロ期の上位に入るだろう。
エンディングでDrive My Carのパロディを入れているが、こうして元メンバーがビートルズを演じるのはいつの時代もファンには嬉しい瞬間である。
クレジットをみるとジョンは演奏に参加していない。たしかに音からするとジョンの演奏らしき楽器は見つけられない。
エディのアコースティックギターがバックを埋める大事なパートになっている。
ジェシ エドのギターはビートルズ的であるのも策を感じる。
エルトンのハーモニーはあまり目立ったミックスではないが、ジョンの下のパートを影のようについていく。
 
 
Whatever Gets You Through The Night
エルトン ジョンとのデュエット。ここでの2人の声はよく似ている。
下のパートがジョンで上のパートをエルトンが歌っている。
flowersの部分はジョンのパートをフィーチャーしており、例の独特の発音が聴ける。
 
レコードでのジョンの声は少し腹の力を抜いたようなやわらかい声だが、のちにエルトンのライヴで歌った際はビートルズの頃のボトムの効いた低い声を披露している。
なおライヴではテレキャスターでリズムを弾きながらのヴォーカルでロックンローラー然としており、実にクールである。
ライヴではエルトン ジョンバンドをバックにしているのでリズムセクションのノリ、質感がレコードとはちがっておりおもしろい。
エルトンのパーマネントバンドでの演奏なだけに一丸として転がっていく勢いに熱気が伝わる。
 
 
レコードではおわりの方でCan You Hear me Mother?と一声が入っているが、これはヨーコへのメッセージだろう。
ジョンのエレクトリックでのリズムギターは右側から聴こえる。
ジェシ エドはコードリフをプレイ。
ウォール オブ サウンドのようなエコーはないものの音の圧を感じるサウンド
エルトンはピアノ、オルガンをプレイ。
サウンドの厚みはこのオルガンによるところが大きい。
エディのアコースティックギターもしっかり聴こえる。
 
混沌としたトラックだが、走り抜けるビートとあいまって痛快な聴き心地を感じるナンバーだ。
おもえばソロになってからのジョンのシングルはMotherやImagine、Mind Gamesなどミディアムのロックナンバー、ロッカバラッドが主だった。
ロックンロールフィールなシングルはPower To The PeopleやInstant Karma!などに限られていた。
だからWhatever Gets You Through The Nightはひさびさのロックンロールシングルだったのだ。
しかもアップテンポで社会的な作風でもなかったのでファンとしてはこういうのを待っていたというシングルだったにちがいない。
 
 
#9Dreamでの霞のようなヴォーカルも忘れ難い。コーラス部のアバワカワポセポセのリフレインが心地よいが、このコーラス部に入る直前の歌い回しのすばらしさを聴き逃してはいけない。
フェイドアウトしながらのファルセットもドリーミーな声だ。
アレンジもばっちり決まったソロ期の名曲。
ジョンはエディとアコースティックギターをプレイ。特に大きなパート分けはしていないような感じである。
コードプレイとメロディックアルペジオ
ソロ期のジョージ ハリスンも多用したビートルズマナーだ。
ジェシ エドのスライドギターもメロディック
アバワカワ・・・のリフを最大限に活かす低音弦のストリングスアレンジがMVPだ。
 
 
Scaredは小刻みなビブラートで不安感を出しながらじわじわと高さを上げていき、中間部で一気に高音に昇りつめる。カタルシスに溢れた歌唱。
ヴァースは素直な発声でのヴォーカルだが、ブリッジ手前から例の母音を強調したアクの強いヴィブラート唱法に転じている。これも悪目立ちしているが、曲構成のテンポがよいのでそこまで気にならない。
フェイドアウト直前のジョンの一声が悲痛なのも曲に合っている。
 
間奏のホーンも情感に満ちており、ロスアンジェルスのビル群にネオンがギラつく夜景が見えてきそうだ。
ピアノはホプキンスとジョンだが、
ラストでグリッサンドを往復しているのはジョンだろう。
I’m Downを思い出したかのようなプレイである。
ジェシ エドはヘビのようなうねるギターを弾いている。
 
 
Steel&Glassはおちぶれた人間のさま、狡猾な人間のさまを鋼鉄とガラスと例えるロック詩人ジョン レノンの面目躍如たる感覚表現。
いや、もっと別の意味もあるのだろうか。
長いブレスによる断罪フレーズや攻撃的な声が鋭く光る。
イントロの語りでこれはぼくらの友人のはなし。だれのこと?だれ、、、?とあるように
辣腕で知られた会計士アラン クラインへの攻撃と言われているが、詩を読むと自身の情けない状況への自暴自棄な放言にもなっており、やけっぱちのブルースといった風情である。
74年のレノン特有の薄っぺらい声はなんとも異質で、本作におけるハイライトヴォーカルだ。
How Do You Sleep?の続編のような曲であり、オーケストレーションの一部に同じメロディを使っている点も洒落ている。
ファンキーなブラスがグルーヴにあふれていて聴きどころ。
ジョンとエディがアコースティックギターを演奏している。
高音のアルペジオを混ぜたハーフストロークがエディのプレイで、そのバックのストレートなコードストロークがジョンだろう。
バックの演奏が厚く、アコースティックギターは高音のパートが目立っている。
 
 
 
 
Nobody Loves You(When You’re Down And Out)ビートルズの頃のような声を聴かせるバラッドで、Bless Youもこの声で歌っていれば、とおもえる抒情に溢れている。
感情過多にならないところがすばらしく、等身大の歌唱である。
ミドルエイトでは澄んだ声で高音を出している。ヴァースのハスキーな声との対比も明瞭だ。
ラストの口笛が頼りなくも雄大
かなしみに暮れて下を見ているというより、風に吹かれながら空を見上げているような前向きな諦観がある。
アコースティックギターはジョンひとり。
エディのアコースティックギターの音とはかなりちがう。
ジェシのギターも入魂で曲調によりそう演奏だ。
オーケストレーションもリズミックでソウルっぽい。
 
 
ラストのYa Yaはリー ドーシーのカヴァーだが、本格的なカヴァーではなく、息子ジュリアンとのかんたんなセッションをわずかに収めたもの。
ビートルズ期のCome TogetherがYou Can’t Catch Meの盗作とされ、権利者であるモーリス レヴィに訴えを起こされる。そして彼の管理する曲をカヴァーしなければならなくなったことでYa Yaのレコーディングとなったのだ。
ただ、このYa Yaの仕上がりはカヴァーとはみなされず、次作「Rock’N’Roll」で再度カヴァーすることになる。
 
しかしながらこのジュリアンとのセッションでジョンが聴かせる声はつくっていない歌声でなんとも味わいがある。
ここで聴けるダミ声での歌声は本人は嫌いだったのかもしれないが、紛れもないロックンロールヴォイス。
Imagineをレコーディングメンバーに聴かせたときもつくっていない枯れた声だったことからすると、ソロ期のジョンは声をつくらずそのまま歌うとこうした枯れた声だったのかもしれない。
 
 
例外としてファンキーソウルなインストゥルメンタルBeef Jerkey.
ジョンとジェシ エドがエレクトリックギター。メインメロディはふたりで弾いているようだ。スティーブ クロッパーもギターを足しているらしい。エンド付近で出てくるリードギターはそれだとおもうが。
リミックス盤ではらしき部分が旧盤よりフィーチャーされている。
ブレイク部のコードリックがマッカートニーのLet Me Roll It的なのが興味をそそる。
ケルトナーのタイトなハイハットさばきにデラックスなホーン隊など楽しめる1曲だ。
 
 
アルバム全体をみるとジェシ エド デイヴィスの大活躍が印象的。
キーボード隊、ホーン隊、ドラムスの仕事振りが素晴らしい中、それでもなお、デイヴィスのギターが出色の出来である。
R&Bからファンキーなナンバー、ポップ曲まで縦横無尽にとびまわるそのギターワークは驚異的。
殊にスライドギターはジョージ ハリスンと同系統でありながら、ハリスンの模倣ではなく確かな独創性を見せている。
バッキングに徹しながら出るところは出るというサイドメンの手本。
ティーブ クロッパーと並ぶギタリストであったと思い知る。
彼の参加が本作の完成度を高めたのは間違いのないところである。
ジョン・レノンのソロアルバムの中で、もっともギターが多く、そのコンビネーションの妙も冴えているのがWalls And Bridgesというアルバムなのだ。
ジョージ・ハリスンが絶賛した本作だが、こうしたギターワークの良さもジョージが強く興味を持った点に違いない。
 
またファンは知っての通り、ホーンが入る前のセッションテイクもいくつかはアンソロジーなどでオフィシャルリリースされているが、そこで聴けるシンプルで少ない音による演奏はファーストソロ「Plastic Ono Band」(ジョンの魂)を彷彿とさせる迫力がある。
特にBless YouやScared,Steel&Glassなどである。
その他の曲もホーンやパーカッションを取り払ったヴァージョンはジョンのヴォーカル、バンドの演奏が際立つ興味深いものだろう。
本編とは別にWalls&Bridges Nakedのリリースを期待したいものである。
イマジンやジョンの魂のボックスリイシューだけでなく、ヨーコとの別離期のこの作品やおなじくヨーコと距離が出始めたマインドゲームス、ロックンロールセッションズもボックス化してほしいものだ。
 
 
 
本作は玄人向けな作風をポップなサウンドでコーティングした技アリな1枚。
高い音楽性と売れ線の曲とのバランスの良さもあり、ジョン レノンが人気を取り戻したアルバムだ。
なお、ジョンのソロ作のなかでもっとも米国サウンドのアルバムでもある。
これが次作アメリカン オールドロックンロールのカヴァーアルバムRock'N'Rollにつながっていく。
 
失われた週末期にこそ本来のジョン・レノンらしさが出ており、ジョンの真のソロ作品と呼ぶにふさわしいのである。
 
WALLS AND BRIDGES / JOHN LENNON
 
おわり