他の人が書かない洋楽レビュー

音楽雑誌を見ても自分の知りたい内容が載っていないので、自分で書いてみました。

ニルヴァーナ | 「イン・ユーテロ」30周年エディション アルバムガイド

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あるシンガーが自身が手がけるアイドルグループのプロデュースから撤退するという。

そんな記事を読んだ。

アイドルグループをプロデュースしているのは以前インタビューを読んで知っていたけれど、そこからの撤退というわけである。

本人の撤退表明をダイジェストにすると、

グループのマネージメントサイドとの当初の取り決めと自身が関わる範疇の大きな乖離、といったところ。

つまりハナシがちがうじゃないか、ということだ。

グループの内、複数人が相次いで脱退し、また重大なルール違反のもとに脱退となったメンバーまで現れ、かたやプロデュースに関しての当初の取り決めと実際の内容が違っていたりと、印象としてはマネージメントサイドもメンバーもどれほどの意思を持って取り組んでいたのかと疑問に感じる。

ただ内部のことなど外部の者にわかるわけはない。

このシンガーの言い分がどれほどの正当性があるのかもわからない。

マネージメントサイドにも言い分はあるかもしれない。

だからどちらが正しいかなどを論じるつもりはない。

はっきりしているのは、プロデュースを手がける側、マネージメントサイド、メンバー達、

それぞれがそれぞれの利と望む姿を求め、結果そのうちのだれかが消えることになったということだけだ。

このシンガーの表明を受けて、マネージメントサイドはグループの名称を今まで通り使いたいと主張し、撤退したシンガー側は何かしら名称を変えて欲しいとことごとくかみ合わない。

折り合いをつけることができなかったひとたちが、結果なにも残せずに終わるというよくある形。

この騒動を読んでニルヴァーナのアルバム「イン・ユーテロ」のことを思い出した。

前作にあたる「ネヴァーマインド」が全米にセンセーションを巻き起こし、フロントマンであるカート・コバーンは一躍世代のカリスマと化した。

カートがどれほどロックスターに憧れていたのかなんて知ることはできないが、私にとってのニルヴァーナというバンドの本来的な姿はインディーロックの雄というものだった。

レコードを出すのははビジネスなのだから、反商業主義なんて本末転倒だが、それでもなるべくビジネス的側面から距離を取り、やりたい音楽をやるのがニルヴァーナの、カート・コバーンの希望だったのではないか。

ところがネヴァーマインドが大ヒットし、自らのサウンドグランジロックとしてシーンのトレンドとなり、レコードビジネスの最中心部に飲み込まれてしまったカートは巨大な自己嫌悪に襲われたのではないかと思える。

もしくはそれを楽しめたのだろうか。

楽曲を聴く限り、そうではなかったように感じるのだ。

そして彼は悲劇的な最期を望むのである。

私にとってのイン・ユーテロはそんなカート・コバーンの辞世の句とも呼べるアルバムだ。

切羽詰まった空気感、ヤケクソの破壊衝動。

まるで断崖絶壁のキワに強風の中、ギリギリのバランスで立ちながら笑顔を浮かべてこちらを見ている人間を見守るような危うさを感じる。

アナーキーとでも形容したくなる暴力的な音にカートの絶叫とノイズのバケモノが這いまわり、ベースが轟音を唸らせ、ドラムの爆撃が襲いかかる。

とても救いは見当たらない。

自身が飲み込まれたレコードビジネスの狂想とそれを自ら生み落とした自己嫌悪、ロックスターであることのプレッシャー、それによる錯乱、奇行、悲惨。

そんなどうしようもない混乱を破滅のロックンロールとして具現化できてしまったのがカートの悲劇だったようにおもう。

破壊的で不穏なサウンドでありながら、そのメロディの良さは隠すことができていないのだ。

1曲目のポップで、だけどどこか危なっかしさを感じるサーヴ・ザ・サーヴァンツでの転調を聴くと、そこにはまぎれもないカートの天才性がある。

このアルバムもまたメロディの宝庫なのだ。

そしてカート・コバーンの声の良さ。

何年も前、ニルヴァーナの大ファンだった当時の友人がジョン・レノンの「ジョンの魂」を聴いて、すげえシャウト!カートばりの声だ!と感激していた。

そしてイン・ユーテロを私に薦めた際、このアルバムのことを「カートの魂」と形容したのだった。

いま、振り返ってみても素晴らしいキャッチコピーだとおもう。

たしかにカートの魂だ。

ただしかなり病んでいるが。

それにしてもイン・ユーテロというタイトルはどこから来たのだろう。

イン・ユーテロとは子宮の中という意味だが、

子宮の中から連想するのはやはり赤ん坊であり、その命である。

自身が生む曲を赤ん坊の命になぞらえたのだろうか。

だとすればこのユーテロとはカート自身ということになる。

カートの中、つまりカートの心、本心ということか。

そうだとすると先のカートの魂という表現に図らずも則するものになる。

どちらにしてもネヴァーマインドより、直接的なカート・コバーンを感じるのだ。

 

このアルバム発表した年の11月にニルヴァーナはアンプラグドライヴを行い、その後94年にカートは自らを滅した。

本人にとってそれは切腹だったのか、それとも斬首だったのか。

別にだれのせいなど論じるつもりはない。

そんなものは外部の者にはわからないのだ。

はっきりしているのはレコード会社、リスナー、カートのそれぞれがそれぞれの違ったものを望み、結果そのうちのひとりが消えることになったということだけである。

 

先に挙げたアイドルグループに限ったことではないだろうが、こうして互いが互いの利を追求した結果、たいていはなにも残せず、形にならないまま瓦解する。

折り合いをつけられなかった点ではカートもおなじだが、ひとつだけ違ったのは少なくとも彼はイン・ユーテロというロックンロールを残していった。

プロデュースを撤退したシンガー、マネージメントサイド、問題を起こしたメンバーたちがもしこのアルバムとその背景を知ったらどう感じるのだろう。

彼らの騒動の記事を読み、そんなことをおもったのだった。

 

そんなイン・ユーテロが再び最新リマスターの30周年エディションで登場する。

いくつかのフォーマットでのリリースだけれど、ハイライトはやはり30周年記念スーパー・デラックス・エディションという5CDボックスだろう。

アルバム本編はオリジナル・アナログ・マスターを96kHz/24bitに変換した最新リマスターだ。

SACDとしてのリリースではないけれど、音源としてはハイレゾということになる。

そこにボーナストラックとしてB面曲など5曲が追加されている。

これは2CDエディションには未収録なので、5CDエディション限定となる。

とは言えボーナストラックはオリジナルアルバムの最後に付けないでほしいもんだがなぁ・・・。

 

残る4CDは93年のロサンゼルスでのライヴ音源、94年シアトル公演を収めたものだが、72曲中なんと53曲が未発表音源!

こういうのがオフィシャルで聴けるのはありがたい。

 

前回2013年の20周年エディションではオリジナルアルバムのリマスターとスティーヴ・アルビニによる最新リミックスやデモ、ライヴDVDとそのCDが付いた仕様だったが、

今回はアルバム本編とライヴ音源集という真っ向勝負。

ところでこのアルバムのプロデュースとミックスはスティーヴ・アルビニが担当したのはよく知られているが、アルバムリリース当時なんらかの理由からマスタリングの際に音の改変が行われ、結局その改変された音でのリリースとなった。

つまりアルビニによる制作時の音のイン・ユーテロは封印されたということだが、今のところオフィシャルでそのアルビニ・オリジナルサウンド盤イン・ユーテロはリリースはされておらず、それはこの30周年エディションでも叶っていない。

20周年エディションではアルビニによる2013リミックスは収録されているが、これがオリジナルミックスに近いのであれば、はなからオリジナルミックスを収録するだろうから、2013リミックスはあくまで新たなミックスであると考えられる。

となるとつぎのイン・ユーテロ・ボックスに持ち越し、というところか。

ともあれ楽しみな最新リマスターである。

まあ、グッズなしの5CDというパッケージングが一番なのだが。

2CD仕様はボーナストラックが未収録で、なおかつライヴ音源が抜粋された形での収録だから、これらを聴くには5CDのスーパーデラックスを購入しないといけない。

ボーナストラックはともかくライヴテイクは全編聴きたい。

せっかくの公演ごとの収録なわけだから。

にしてもボックスの値段が高い。

これもレコード会社、バンド、購入者、それぞれがそれぞれの利を求めた結果か。

一方で売り切れになるとどこを探してもみつからなくて、ようやく見つけたとおもったらプレミア価格になっているのが常。

結局、これだったら定価で買っといたらよかったてなことになる。

毎度の悩みである。

とりあえず買えるうちに買うしかなさそうである。いや、もう2枚組エディションでもいいか。とにかくリマスターで聴こうではないかということで。

さてイン・ユーテロ。

今回のリマスターを機に、ニルヴァーナのファンだけでなく、ビートルズジョン・レノンが好きなひとにもぜひ聴いてほしいアルバムだ。

ニルヴァーナって案外ビートルズっぽい。アリス・イン・チェインズもそうだけど、こういうラウドネスなバンドは意外にもビートルズとか正統派のロック好きだったりする。

ニルヴァーナはそのメロディの良さとカートの声の良さに、とりわけジョン・レノンっぽさを感じるのです。なわけだからビートルズ好き、ジョン派のひとでニルヴァーナをちゃんと聴いたことがないひとはぜひ。


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おわり