他の人が書かない洋楽レビュー

音楽雑誌を見ても自分の知りたい内容が載っていないので、自分で書いてみました。

クリス・レア | ダンシング・ウィズ・ストレンジャーズとポール・サイモン

Dancing With Strangers / Chris Rea  1987

今回はクリス レア1987年のアルバム「ダンシング ウィズ ストレンジャーズ」のアルバムガイド。

2019年に出たリマスター盤についてもふれる。

本盤は世界的ヒットとなったオン ザ ビーチに続いて発表されたアルバムであり、全英2位を記録し、長くチャートにとどまるロングヒットとなった。

シングルとしても、

Let’s Dance 英12位、ニュージーランド2位、米81位(モータウンの社長ベリー ゴーディが気に入ったことからモータウン配給で米国でも発売された。)

Loving You Again 英47位、
Joys Of Christmas 英67位、
Que Sere ニュージーランド36位、ベルギー36位
などヒットを記録している。

 

リマスター盤は2枚組。

ディスク1
1.Joys of Christmas
2.I Can't Dance to That
3.Windy Town
4.Gonna Buy a Hat
5.Curse of the Traveller
6.Let's Dance
7.Que Sera
8.Josie's Tune
9.Loving You Again
10.That Girl of Mine
11.September Blue

ディスク2
1.Yes I Do (B Side)
2.Que Sera (Single Version, Re-Recorded '88)
3.Se Sequi (B Side)
4.I'm Taking the Day Out (B Side)
5.I Can Hear Your Heartbeat (Extended Mix)
6.Loving You Again (Live)
7.Danielle's Breakfast (12" B Side)
8.On the Beach (Summer '88)
9.Rudolph's Rotor Arm (Previously unreleased)
10.Smile (The Christmas EP)
11.Don't Care Anymore (B Side)
12.Que Sera (Down Under Mix)
13.Donahue's Broken Wheel (B Side)
14.Let's Dance (Remix)
15.Josephine (French Re-recorded, B Side)
16.Footsteps in the Snow (The Christmas EP)
17.Driving Home for Christmas (Second version, from 'New Light Through Old Windows')

 

 

クリス本人が「基本的に自分のレコードは聴かないが、このアルバムは別だ。ぼくらが燃えているのがわかるからだ。」とあるように本人も気に入っている作品だ。

 

本作では前作オン ザ ビーチの洗練された作風から大きくはなれたケルト音楽に代表されるアイリッシュトラッド的サウンド、またはブルーズ的なリードギターが目立つ。

それらに80年代のキーボードサウンドを混ぜて現代的にしたことがヒットの要因だろう。

 

 

トラッドは彼らにとって身近なものなのだろうが、本作でアイルランドの伝統音楽の要素を全面に取り入れたのはなぜなのか。

 

クリスのアイリッシュイタリアンという出自からくるものと言ってしまうとあまりに短絡だ。

では遡ってみていくとトラッドにつながるであろうクリスのワールドミュージック的観点がいくつかの曲としてあらわれていることに気づく。

 

84年のWired to The Moonに収録のBombolliniはワールドミュージック的、それもアフリカンミュージック的だ。

これは80年にTalking Headsが「Remain in Light」でアフロビートを展開したことやニューウェーブ勢がレゲエをとりこんだり、ワールドミュージックが注目されはじめたことによる影響もあるだろう。これにはミュージシャンとしてその創造性に強い刺激を受けたのではないか。

クリスの本作「ダンス・ウィズ・ストレンジャーズ」は87年リリースだが、

特に86年リリースのポール・サイモンの大傑作「グレイスランド」からの影響はかなり大きなものだったようだ。

サイモンのワールドミュージック志向の到達点とも言えるこの作品とクリスの本作を聴き比べると、その共通点とクリスが受けた影響がはっきりとわかる。

クリスとしてはこうしたワールドミュージックの影響を自身も取り入れ、もとより好んでいたブルーズも反映させてみたいという音楽的欲求を強くしたのだろう。

トーキング・ヘッズやサイモンが共に代表的な作品として発表したアルバムがアフリカンミュージックの要素を取り入れたものだったことは興味深い。

クリスとしては同じことをやるわけにはいかず、そこでケルト、ブルースに行き着くのである。

 

アイリッシュトラッドとして形を成した背景には80年代半ばにポーグスがトラッドロック、アイリッシュパンクとも言える風情で話題を集めたが、そうしたところからの影響も手伝ったのだろう。

そこに加えて本作にベースギターで参加しているEoghan O'Neilはケルティック ロックバンドMoving Heartsのメンバーで、以前からクリスのバックで演奏していたので、そこからの音楽的影響も考えられる。

本作ではMoving HeartsからもうひとりDavid Spillaneが参加してuillean pipes/whistleを演奏していることからも無関係とはおもえないのである。

このSpillaneのuillean pipesが素晴らしく、このアルバムにアイリッシュトラッドによるワールドミュージック的側面を与えている。

 

アップテンポの曲がいずれもどことなくアイリッシュトラッド、もしくはケイジャンっぽくなっていることもこうした要因から来るものだろう。フィドルは入っていなかったりアイリッシュトラッドそのもの、ケイジャンそのものという仕上がりではないが米国カントリーミュージックや南部ロック的と呼ぶにはヨーロッパ色が強すぎるのである。やはりヨーロッパのトラッドからの派生と呼ぶにふさわしい質感である。

 

このアイリッシュトラッド、ケイジャンぽさ、ワールドミュージックの趣きは本作の全編で確認できる重要な要素だ。Joys Of Christmasもアコーディオンが入ってくると途端にトラッド風味が増す。

⑦Que Seraの風情もロックと言うよりワールドミュージックと言ったほうがしっくりくるだろう。

この曲は81年のアルバムLoving You収録のWhen You Know Your Love Has Diedのメロディはそのままに歌詞とアレンジを変えたものだ。

⑦はシングルにもしているので元曲の時点で気に入っていたのだろう。

 

また英国フォークミュージシャンに影響を与えたJerry Donahueが参加して数曲でギターを弾いていることからしても、クリスがこのアルバムに意図してトラッド要素を入れようとしたことはまちがいない。

 

 

ではブルーズとケルトからの影響はどのようにとりこまれているのか。

アルバム全編を見ると、ブルーズ一本で通す曲、トラッドのみで通す曲というトラックはほぼなく、基本は複数のジャンルを折衷させる手法となっている。

Joys Of Christmas ではブルーズっぽくはじまり、しばらくしてキーボードが加わることでトラッド的サウンドが入り、そこからはブルーズというよりロック的な展開となる。

I Can't Dance To Thatも同様でブルーズでよく耳にするブギーではじまるけれどブリッジでロックになり、ブルーズ色の濃いロックナンバーという趣きとなる。

Let's Danceではギターはブルーズっぽいフレーズである反面、やはりキーボードがトラッドっぽさを出している。この曲のリフはもともとバンジョーで弾いていたリフだったとライナーに記載がある。特にエンディング部分に伝統音楽の趣きをつよく感じることができる。

全体を通して観察したときにわかるのは、ブルーズっぽさをだした曲は案外少なく、トラッドっぽさやワールドミュージックの色が出た曲のほうが多いという点である。

つまりこのアルバムはケルト音楽などのトラッド的色彩をベースにして部分的にブルーズの要素をつよくとりこんだ作品集ということになる。

 

そこに従来の作風や前作オン ザ ビーチをおもわせるサウンドの楽曲を置くことでバランスを調整している。③Windy Town, ⑤Curse Of The Traveler, ⑨Loving You Againなどがこれに当たる。

こうしたブルーズではない曲にブルージーなフィーリングを持ち込むのがクリス レアの真骨頂である。

③は名曲であり、ロッド スチュワートの名カヴァーがある。ロッドのヴァージョンはSpanner In the Worksの一曲目に収録。

 

⑤は本作の白眉と言える出来。

Spillaneのさみしげなpipesに導かれ旅の孤独が描かれる。

The PoliceのEvery Breath You Takeをおもわせるメロディックなバッキングアルペジオにキーボードがフックとなるメロディをピンポイントで鳴らしてくる。

間奏のギターソロも情感に満ちた素晴らしいプレイだ。

エンディングでは激流のようなソロも聴ける。

ベスト盤にはまず入らない曲だが、クリス レアの傑作のひとつである。

 

⑨はオン ザ ビーチのサウンドをおもいだす洗練されたポップ曲でシングルにもなった。

こうした路線をクリスに期待したファンも多かっただろう。クリス レアのライト&メロウサイドなトラックだ。

 

こうした⑤⑨またQue Sere , Josie's Tuneなどではオン ザ ビーチと同様の映像感覚があり、サウンドが色彩を想起させる。

部分的にではあるが前作の趣きもこうした形で残されている。

 

一方でワーキングクラスのロッカーとしての表情も強く見せ始めており、政府、政治家に対する皮肉や、昔ながらの古き良き音楽がないがしろになっていることへの声明であったりタフな一面がはっきりとした輪郭を持っている。

クリスにとって音楽的にやりたいことをやる、という気持ちが強く出ており、そうした作品は彼にとって今作が初となった。

本人の燃えているというコメントにも納得できる。

 

 

音楽的にはそれまでのクリスの作品にここまでルーツミュージックからの影響を出したものはなかったことを考えると、今作のヒットは前作の余波だけではなく、内容自体が好意的に受け止められた結果だろう。

 

あえて難点をあげれぱ、冒頭のJoys Of Christmasはサウンドや構成は良いのに中間部分の歌詞を無理矢理詰め込んだ箇所が稚拙さを強調してしまった部分。

I Can't Dance To ThatやGonna Buy A Hatは皮肉が足らず、いささか野暮である。

こういうのを聴くとボブ ディランの詩の鋭さがわかる。

社会への警鐘となりえるか、ただの個人的文句に終わるか、である。

このあたりはやりたいことをセルフプロデュースでやったときに陥りやすい傾向といえるだろう。

 

ただしヨーロッパ各国でビッグヒット、英国ではプラチナムに認定となっただけはあり、全体としてはほどよいトラッド風味が前編に溢れ、明るいメロディのアップテンポ曲が目立つ好盤だと言える。

これぞクリス レアといえる哀愁に溢れたトラックと陽気なメロディの曲のバランスも良く、アルバム全体として聴きやすく、派手なヒット曲はないが完成度で聴かせてくれる大人のロックだ。

またストレートなアップテンポ曲、ロックンロールノリの曲が多いこともアルバムタイトル通りであり、その点も受けの良さにつながったのだろう。

 

 

同時に遠くはなれたニュージーランドでは1位を記録している。

推測に過ぎないが、ここにはニュージーランドが英連邦王国の一国であり、イギリス国王がニュージーランド国王でもあるという背景があるのではないかと考える。

つまりニュージーランドは英国の文化や音楽になじみが深い、親しみがあるということがヒットの要因としてあるのではないか。

またニュージーランドの歴史を見ると、多くのヨーロッパ人、とくにイギリス人やアイリッシュが入植したということもあり、アイリッシュトラッドの色彩はニュージーランドの発展の中に息づいており、そこに共鳴するものがあったのではないかともおもえる。

 

こうした仮定はいつまで経ってもクリス レアが我が国で知名度が上がらないことの証左にもなりうる。

日本においてはこの欧州的風合のつよさがなじみのなさにつながっているのだ。

一般的なロックの範疇で捉えようとすると違和感を感じるのだろう。

 

 

 

リマスター盤について

CD1がオリジナルアルバムのリマスター。ニック ワトスンが担当し、充実の仕上がり。オリジナルの雰囲気を壊さず、各曲により臨場感を持たせている。バランス感覚に長けたひとなのだろう。楽しんで聴けるリマスターだ。旧盤では地味な印象があった本作だが、リマスター盤は各曲の表情が明瞭になり、とても聴きやすくなっている。哀愁のある曲では抒情が増し、アップテンポの曲では迫力が増している。

本作が正統派の「ロックアルバム」であることがよくわかる。

 

 

CD2がダンシング ウィズ ストレンジャーズと同時期の未発表曲やシングルBサイド曲、EPに収録されていた曲などを集めたものになっている。

ここには本編に入れたらよかったのでは、とおもえる曲も多く聴くことができる。

本編のカラーには合わないので除外したとしかおもえないのだが、そう考えるとクリス レアというひとはブルース スプリングスティーンと資質が似ているのかもしれない。

ブルースも本編に合わない曲は没にしてしまうため、未発表曲に名曲が多いのはロックファンにはよく知られるところである。

このCD2には優れたポップチューン、海洋を思わせる爽やかな曲、手を抜かずに作られたインストゥルメンタル、そしてベスト盤にはまず入らないクリスの名曲Smileが収録されている。

洗練されたコード、メロディアスな旋律、哀愁を感じるビターヴォイス、ブルージーなギター。これぞリスナーが期待するクリス レアだろう。

このリマスターシリーズはCD2の内容がどのアルバムも高水準だ。

 

 

ダンシング ウィズ ストレンジャーズの制作手法に関しても触れておこう。

このアルバムは基本的にクリスとドラムのマーティン ディッチャムのふたりで制作された。そのため、多くの楽器をクリスがオーヴァーダビングしている。演奏の程度は決して低いものではなく、クリスのマルチプレイの妙が楽しめる。ディッチャムのドラミングも素晴らしく、互いに息のあったところをみせている。

そこに必要に応じて他のミュージシャンの演奏を足す、という形をとって制作されたのがダンシング ウィズ ストレンジャーズの全景である。プロデュースはクリス自身。

参加メンバーは以下の通り。

ドラムス Martin Ditcham

ベース Eoghan O'Neil

ピアノ オルガン Kevin Leach

パイプス David Spillane

ギター Jerry Donahue

ギター ベース  アコーディオン その他 Chris Rea

プロデュースが自身であり、最少人数で制作したこともあってかアレンジが全体を通じてやや単調な部分があるのが惜しいところである。平坦に聴こえる部分があり、もしこのアルバムが腕のいいプロデューサーを雇っていたら、最初からバンド編成であったなら、より完成度が上がったであろう点は前作オン ザ ビーチからも明白だ。

 

ただし、クリス自身がやりたいことを熱い気持ちでレコーディングした重要な作品であり、このヒットがあったからこそ次のオリジナルアルバム、すなわちThe Road to Hellに向かうときも自身の音楽性に真っ向からとりくむことができた。 このアルバムのレコーディングにはプロデュースを自身とJon Kellyで行い、オン ザ ビーチ制作時のバックを務めたメンバーを招集してレコーディングすることになるのである。そしてクリス レアにとって初の全英1位を記録することになる。

 

最後にダンシング ウィズ ストレンジャーズのおわりを飾るSeptember Blueという曲についてふれておく。

クリスにとって最初のこどもであるジョセフィンが産まれた日に彼の母親が亡くなったのだ。

 

この曲はそんなぐちゃぐちゃになったクリスの心情を切にうたった曲だ。

こどもが産まれた喜びと母を亡くした悲しみが同時に来るとはなんとも胸が苦しくなるエピソードである。

あたたかな木漏れ日のようなサウンドにのせ、悲しみと愛を込めて歌われる。

クレジットにはないが、ダンシング ウィズ ストレンジャーズはクリスが生まれてきた我が子と旅立った母親に捧げたアルバムにおもう。

本編⑧のJosie's TuneのJosieとは娘Josephineのことである。この悲しみが風に運ばれていくような風情は当時のクリスの心情に沿っているようで胸に沁みる。

アルバムタイトルは本編の印象からするとダンスホールやパーティーの場でみんなで陽気に踊ろうという意味合いかと思うが、音楽にあわせて踊り、悲しみを吹き飛ばそうとするクリス レアの想いも含んでいるのかもしれない。

 

2023 2 27加筆

 

 
 

Chris Rea/Dancing With Strangers (Dled)